ドービニー展に行ってきた
ポストカードにはまった要因が美術館にあるのでたまには展覧会のことも書いてみることにしました。
一昨日新宿の東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館へ行ってきました。西新宿で用事あることあってふらっと行くこと多いんですよね。今やっているのはシャルル=フランソワ・ドービニー展。19世紀のフランスで風景画を描いていた画家です。山梨広島東京で巡回していて秋に三重です。
特に意識しているわけではないんですが、印象派の印象派になり始めの頃の作品の展覧会に行く機会が多かった私。ドービニーって響きを初めて聞いたような気がしましたが、家に戻り行ったことのある美術館のパンフを見渡していると静岡市美術館で開催していた「ターナーからモネへ」という2017年秋に開催していた展覧会で1点だけドービニーの「オワーズの川の朝オーヴェール」の作品がロマン主義のカテゴリーで展示されていたようです。
ドービニーの作品が主になって展覧会をするのは国内初だそうです。副題“バルビゾン派から印象派への架け橋”を初めて聞いたとき印象派への先駆者ってターナーとかフランチェスコ・グァルディのイメージがあったんですよね。だからドービニーはどんな形で印象派の架け橋になったんだろうと興味がムクムク湧いてきました。
東郷青児美術館1階ロビーにはドービニー展の紹介アニメが繰り返し放送されていました。文字で見るより頭に内容が入ってくるいいアニメだと思いました。ユーチューブからも見られるのでここに貼っておきます。
ドービニーの生涯
ドービニーが絵を描き始めた1840年ごろのフランスでは風景画自体全く評価されないというか俗物扱いだったそうです。唯一評価された風景画は宗教的な意味合いを持つものだったといいます。宗教にある1シーンを風景とともに描いたものですね。実在する風景というよりそのシーンに合うような風景をイメージしたものでした。ドービニーは歴史画家のもとでそういった作品を作り2度ローマ賞を逃したことから、思い切って風景画に挑戦していきます。 ドービニーが描いていくのは見たまま自然そのものを写実的に描いていくことでした。
バルビソン派はフランスの田舎にあるバルビソン村に集った自然そのものを描く画家たちでコロー、ミレー、テオドール・ルソー、トロワイヨン、ディアズ、デュプレ、ドービニーの7人が中心的存在です。そのうちコローとは生涯の友人になります。
そしてその頃19世紀後半パリを起点に鉄道網が発達し郊外に旅行にしに行く人が増える中、風景画家たちもスケッチのために滞在したりあちこちへ旅行しながら絵を描くようになっていきます。ドービニーもオランダへ旅行したそうです。
ドービニーは1857年ボタン号という小舟を作ります。画材を持ちながら絵を描くのに限界を覚えたドービニーは画材を積んだ船に乗り川でみた景色を絵で描くようになるのです。特にオワッズ川というベルギーからフランスを通りパリ辺りでセーヌ川にぶつかる川を好み絵を描きました。釣りをする人たちや洗濯をする人、水を飲む牛が風景とともに描かれています。展覧会ではボタン号のレプリカがありました。下の写真は船の旅という版画集の一枚です。
印象派への架け橋とは
ドービニーが印象派への架け橋とあるのは、ありのままを描いたこと、見たままの印象を見る人に与えるため筆遣いの跡を効果として残した大胆な描き方でこの2点が印象派へ繋がっていったとのこと。また船での移動に絵を描いたことはモネも影響受けているといいます。
今回ドービニーの展覧会に行って風景画ってのんびり見れていいなってことです。行ったことのないフランスの川の鳥が飛び人々や牛が川の水を求めやってきて、画家は船の上から景色を観察して絵を描いている。空の色がほんのり映った川の色がとても綺麗だったな。海よりも川っていうのは多くの人間にとって一番身近な水なのかもしれません。
私の家の近くにあるのは浅川です。飛んでくる白い鳥や複雑な水の流れ、季節ごとに咲く川辺の花たち。ジョギングや犬の散歩、自転車やたまに釣りをする人。自分の川に対する思いと重ねてドービニーの作品を見てました。
ドービニーの作品そして生涯を知れるいい展覧会でした。
ショップへ
ショップではポストカードを一枚買いました。私が好きだなって思った作品はポストカードになってなかったんですが、ショップで見て結構好みだなって気づいて。ドービニーに他有名な美術作品や常設の東郷青児、ゴッホのヒマワリなどのポストカードがありましたよ。